Overview
FABRICは数多くの⽅に⽀えられ、この度10周年を迎えました。今回は10周年を記念し、FABRICが歩んだ歴史やその裏側を柴社⻑に振り返ってもらうべく、FABRIC LOUNGE SECOND TENJIN元店⻑ 芦刈さんと特別対談を企画しました。
柴社⻑「FABRICを直訳すると『布』という意味なんだけど、布を繋ぐ⽷のようにお客様、キャスト、スタッフなどのすべての仲間が絡み合い、ひとつのお店を作りましょうといった意味が込められています。」
芦刈さん「ということは皆さんがよくおっしゃっている『ONE FABRIC』の掛け声もそこから来たのですか?」
柴社⻑「『ONE FABRIC』の掛け声はいつから出始めたんだろう(笑)でも、FABRICを拡⼤させて全国に店舗を増やしていくなかで⼤事にしていたのは、他のグループによくありがちな、各店舗同⼠全く関係なく⾃分の店舗が流⾏っていればそれで良い、といった考えではなくすべての店舗同⼠で仲間意識を持たせたいと思って。どの店舗に⾏っても、FABRICらしさというものが変わらないように、意思の統⼀のための『ONE FABRIC』ですね。」
芦刈さん「オープン当初、六本木本店は8〜10階の3フロアでオープンしたがお客さんが入り過ぎて足りず急遽7階も増設したと聞きました。最初からそこまで大繁盛していて、オープン当時の注目度はえげつないものだったのではないですか?」
柴社長「そんなことはないんじゃないかな。ただ、何故だかわからないけどびっくりするくらい目の敵にはされていたね。FABRICを立ち上げる前にいた会社からしたら、当時は裏切ったという形に捉えられていたんだと思う。普通にやめますって伝えてちゃんとやめたんだけどね。それと今でこそFABRICがある六本木のあの場所ってキャバクラがあって当たり前だけど10年前は違くて、キャバクラが多かったのは六本木の交差点の場所だったから、当時はそんな場所にキャバクラを出すべきじゃないとも言われていたし、様々な逆境はあったね。」
芦刈さん「本店がオープンしてから、どのような流れで各店舗が増えていったのか、またその中での裏話などがあったら聞きたいです!」
柴社長「約10年前に六本木にFABRIC本店がオープンしてから、実は知らない人が多いと思うんだけどホノルルにFABRICができたんだよね。でもホノルルFABRICは僕的にあまりよくなかったと思う。売り上げ自体悪かったわけではないんだけど、求人などのリクルートが本当に大変で。その上1〜2年継続したあたりでコロナウイルスがきてしまい、従業員がロックダウンで日本に帰ってこられない自体にもなり、あまりうまくいかなかったね。」
柴社長「その次にオープンしたのがFABRIC新宿店なんだけど、FABRIC新宿店は内装にものすごくお金をかけたはじめての店舗なんです。実はFABRIC六本木本店はそこまでかかっていなくて。」
芦刈さん「六本木と新宿の、全体的な雰囲気の違いはあったりするんですか?」
柴社長「街の文化の違いは大きいと思っていて、文化でいうと僕は新宿があまり好きではなかったね。」
芦刈さん「それはどうしてですか?」
柴社長「新宿はキャバクラが主流ではなく、ホストやゲイバーやオカマバーなど様々なジャンルのお店がいっぱいあるからこそ、とにかく六本木とは規模が違うんです。新宿にいた時は毎日寝不足だったし、毎日色々な人種と付き合ったりするんだけど、そういった新宿の文化に正直戻りたくなかったね。」
芦刈さん「その次にオープンしたのはどこなんですか?」
柴社長「天神です。」
芦刈さん「ここで天神なんですね・・!でもどうしてそこから突然福岡に飛んだんですか?」
柴社長「新宿店をオープンし、ありがたいことにコロナが襲ってくる前までは六本木本店を超えるほど新宿店も繁盛していて。このあたりで会社の方向性が今度は『全国の主要都市で1番を取り続けよう』と変化していったんです。その頃に天神が再開発していて、『天神ビックバン』なんて呼ばれていた頃で。福岡の一番大きいところ中洲には店舗を出したいと思っていたから、中洲にオープンさせるためにまず先に天神にラウンジを置いたって感じだね。そして、その3ヶ月後に中洲FABRICがオープンしました。」
芦刈さん「その次も気になります・・・!」
柴社長「ここでFABRIC7だね。」
芦刈さん「FABRIC7は今までにあり得ないくらい費用をかけたと聞いたことがあります。」
柴社長「中洲も天神も豪華だったけど、次のFABRIC7は7億かけるという。もうよくわからないね(笑)
芦刈さん「ちなみに気になっていたのですが、FABRIC7や、FABRIC LOUNGE SECONDの『セブン』や『セカンド』ってどういう意味なんですか?」
柴社長「天神のセカンドっていうのは、キャバクラというより完全なラウンジ形態という意味だと思うね。セブンは六本木7丁目の7。」
柴社長「札幌店もね、よくこんな場所に出店しているねといろんな人に言われるような場所にFABRICがあります。というのも、実はFABRIC7のビルのオーナーさんと、FABRIC札幌店のビルのオーナーさんは同じ人なんです。人と人との繋がりから、札幌店も普通とは違う特異な場所にあるんです。」
芦刈さん「地方での難しさっていうのはやはりありましたか?」
柴社長「キャバクラをどこでやろうが、あまりその辺の難しさというものはないね。一番大変なのはやっぱり人集め。お店の良さは男で決まると僕はいつも言っているんだけど、そこがやはり苦戦する。FABRICが一時期グラついたのも、店舗を増やしていくにあたり熱量が薄くなったり、そういった意識の浸透は課題になる。」
柴社長「札幌店の次にいくまでは、一番右往左往の時期が長かった。右往左往している中で、全国の主要都市にFABRICを出そうとなっていたけれどそういえば北新地がないな、となったんだよね。そして、出来たのがMADISON LOUNGE北新地ですよ。」
芦刈さん「やっぱりそれも批判の声は多かったですか?」
柴社長「すごく言われたね(笑)そして意外に大阪って時が止まっている街だなと思った、黒服側の考え方が特に。でも全然出店は大変ではなかったね、むしろ大阪が一番簡単だったかもしれない。MADISON LOUNGEの代表を政樹くんがやるとなって、東京から黒服は4人くらい異動して残りのほとんどの黒服は、政樹くんが出演していたYouTubeの番組『Night title(ナイトタイトル)』を見て『政樹さんと働きたいです』って応募が来たんだよ。だから一番苦労する人集めの部分では困らなかったね。」
柴社長「やっぱり一人一人の成長は大きい。僕自身も1店舗の代表だった頃から、今は社長として動いているけれど、その中で何度も壁は襲いかかってきたし、それを逃げずに乗り越えることで成長してきた。今後もっと大きな壁が襲いかかってくるだろうけど、乗り越えることで1年後の僕はもっと成長していると思う。もう一つは、FABRIC立ち上げ時の信念や理念を受け継いでくれている人たちが店舗のトップでいてくれているからじゃないかな。」
本年、FABRICは10周年という大きな節目を迎えることができました。これまで支えてくださった皆さまへの感謝を胸に、これからも挑戦を続け、さらなる成長を目指してまいります。次の10年、そしてその先へ。今後の歩みにもぜひご期待ください!
そしてFABRICは、新たな挑戦を一緒にできるキャストおよびスタッフも募集中!今までにない、夜の世界の境地を切り開くキャスト・スタッフとして、一緒に盛り上げてみませんか?
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